広島高等裁判所松江支部 平成5年(行コ)3号 判決 1994年2月25日
鳥取市相生町二丁目四二五番地
控訴人
八嶋武夫
鳥取市東町二丁目三〇八番地
被控訴人
鳥取税務署長 安松隆司
右指定代理人
富岡淳
同
大北貴
同
上山本一興
同
中野裕道
同
樋野麗
同
筒井正史
同
伊藤敏彦
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が平成三年一〇月一八日付でした控訴人の平成二年分所得税の更正処分のうち、分離長期譲渡所得の金額四六七万六、九九二円、納付すべき税額八一万七、一〇〇円を超える部分(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件決定」といい、本件更正と本件決定とを併せて「本件処分」という。)を取り消す。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨
第二当事者の主張
当事者双方の主張は、控訴人が当審における主張を次のとおり付加し、被控訴人がこれを争うと述べたほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人の主張)
相続(限定承認に係るものを除く。)により取得した遺産のうち、譲渡所得税に係わる資産(以下、単に「資産」という。)を譲渡した場合、その譲渡所得の計算については、その者が右資産を相続の前から引き続き所有していたものとみなすと定める法六〇条一項一号の規定は、被相続人が資産を取得した時点以降における当該資産の増加益は、相続人による資産の譲渡時に実現するものとし、その時点を捉えて課税する趣旨を一般的に宣明したものである。しかし、右の規定は、遺産の単独相続、あるいは共同相続人による現物分割のように相続人が等しく資産を相続した場合には妥当としても、本件のように相続人の一部が代償分割により他の相続人に代償金を支払って資産を相続取得した場合には妥当性を欠くものであり、このような場合、代償金の支払いに見合う資産の取得は前記規定にいう「相続」に当たらず、法三三条三項、三八条による譲渡所得の金額の計算においては、被相続人が当該資産を取得するのに要した費用のみならず、代償分割により当該資産を相続取得した相続人が支払った代償金の額も、当該資産の取得費として控除されるべきである。なんとなれば、代償金を支払う相続人にとってみれば、本来の相続分を超える資産を相続取得するのは代償金を支払うことによりはじめて可能となるから、右は一種の売買契約であり、代償金の額は、当該資産の増加益を実現した時価により定められるから、被相続人が当該資産を取得してから分割時までの増加益は代償金として支払われ、代償金を負担した相続人がそのすべてを保有することはありえないからである。
原判決のような解釈を採用すれば、時価により算定された資産を基礎に代償金を受け取る相続人は、その代償金の中に資産の増加益を実現しながら譲渡所得税の支払を免れ、反面、代償金を支払って資産を取得した相続人は、当該資産の譲渡を契機として他の相続人が免れた分を含めた譲渡所得税を一身に負担するという不公平をもたらす結果となるものである。
理由
一 当裁判所も、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は理由がなく、これを棄却すべきものと判断するが、その理由は、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。
補足するに、法六〇条一項一号の規定は、同法五九条一項一号の規定と併せ考えれば、「みなし譲渡課税」の行われる限定承認に係る相続以外の場合は、現実に資産を取得した相続人に対し、被相続人の資産の取得価額及び取得時期を引き継がせ、その後における資産の譲渡時まで資産の保有利益に対する課税を繰り延べる趣旨を明確にしたものであり、それ以上、遺産分割方法の如何により控訴人主張のような適用除外規定を設けていない。右を相続法理に照らして検討しても、引用の原判決説示のとおり、民法九〇九条本文は、「遺産分割は、相続の開始の時にさかのぼってその効力を生ずる」と規定して遺産分割の遡及効を明らかにしているから、未分割時における共同相続人間の資産の共有状態は、遺産分割により相続開始時にさかのぼって解消され、資産を取得した相続人は被相続人から直接に資産を承継したものとみなされ、他の共同相続人から当該資産に係る共有持分の譲渡をうけるものではないのであって(このことは遺産分割の一方法として、家事審判規則一〇九条に則り代償分割が行われた場合も同様といわねばならない)、法の右規定は相続に関する民事実体法規定とも整合するものといわねばならない。
控訴人は、引用の原判決説示のように解すると、代償金を取得した相続人は、代償金の中に、被相続人の資産取得時から遺産分割時までの資産保有利益を実現しながら譲渡所得税を賦課されず、反対に、代償金を負担して資産を現物取得した相続人は、右のような代償金を負担しながら、当該資産の譲渡により、被相続人の資産取得時から右譲渡時までの資産保有利益に対する譲渡所得税を一身に負担するという不公平が生ずる旨主張する。なるほど、遺産の代償分割は、共同相続人の一部が具体的相続分を超える額の資産を現物取得させる代わりに、具体的相続分に満たない資産しか取得せず、あるいは、資産を取得しない他の相続人に対し、その不足分相当額の債務を負担させるものであるから、その代償金額は、分割時における資産の通常取引価格(時価)を基礎として算定されるのが一般であり、その代償金には資産の保有利益を実現したのと同様の経済的利益が含まれることになることは控訴人指摘のとおりである。しかし、前説示の遺産分割の遡及効からすれば、代償分割により資産を取得した相続人は被相続人から直接これを承継し、決して他の相続人から資産の譲渡を受けるものではないから(前述のとおり、他の相続人は相続開始時にさかのぼって当該資産を取得しないことになる)、代償金は、他の相続人が取得した資産を譲渡した対価とはいえず、結局、右は経済市場と関わりのない、極めて限定された共同相続人間において、遺産分割の実質的公平を所期するための調整金の域を出でないというべきであって、代償金の額が当該資産の時価を基礎として算定されることをもって代償金の受領者に譲渡所得税を賦課する根拠とはなし難いといわねばならない。およそ、遺産分割により現物資産を取得した相続人は、資産の取得それ自体によってその資産に含まれる譲渡益をそのまま承継し、その後、資産を処分するか否か、処分するとしてその態様や時期を自由に決することができるのが筋合いであり、仮に遺産分割により代償金債務を負担しても、右が遺産分割に伴う消極遺産の承継と解することは別論として(なお、代償金を支払った相続人の相続税の算定においては、相続税法一一条の二により、右代償金を控除した金額が課税価格とされるべきものである。)、現物資産を取得することに変わりはなく、当然、被相続人の資産の取得価額及び取得時期を引き継ぐものというべきである。
二 よって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却し、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 長谷喜仁 裁判官 渡邉安一 裁判官 長門栄吉)